作品名
涼宮ハルヒの独占欲
作者
7-575氏



 

5、


デートを望む奴のためにも余計な事は考えるなと言ったのは誰だ? でもこれって余計なのか?
今は只考えない方がいい。…そうだ。これは俺だけの問題じゃない。
 「なんでもない。クレープ食べに行こうぜ。…古泉ありがとな」
 「はい、それでは僕はこれで」
じゃあな。
 「どっちの道だ?」
 「右よ。さっき言ったばかりじゃない」
 「そうだったか」
 「そうよ。子供の時に来たくらいだけど、クレープ屋さんも来るようになったのね。変わったものだわ」
歩きながら話す。
 「おまえはよくこの公園に遊びに来てたのか?」
 「小学四年辺りまでよく来てたわ。だから久々ね」
手を組み上に上げ伸びをしながらハルヒは言った。
 「子供の頃どんな遊びをしてたんだ?」
 「ん〜普通に泥遊びとか? 後は鬼ごっことか?」
案外普通なんだな。
 「おまえが鬼ならすぐゲームセットだろうな」
 「な、なんで解るのよっ」
そりゃそうだ。弾丸のような速さだろうよ。逃げる子供は必死だったろう。
 「なんとなくな。…お、あれか」
林の茂る道を抜けた先には開けた場所が広がっていた。その真ん中には例のワゴン販売のお店があり
周りには家族連れで来ている人で溢れている。丁度お昼時、こんなもんだろう。
 「どうする? 結構並んでるぞ。おまえはここで待ってるか?」
 「メニュー見たいし一緒に行く」
十人以上は並んでいる。お店は相当儲かっているだろう。正に店を開くのにはうってつけの場所なわけだ。
最後尾に並び、立て掛けてあるメニューを見る。
 「メニューいいとこにあるじゃないか。どれか言ってくれればこのまま並んで買うぜ」
 「一緒に並ぶ」
そうかい。ああ、解ったぞ。一人でいると視線が気になるんだな。子供達でさえハルヒを見ていた。
その中の一人の少女が近づいてくる。む。
 「おねえちゃん、おじょうさま?」
ぶっ! さすが子供。遠慮を知らない。
 「違うわっ!」
ははは。
 「じゃあ…おひめさま?」
 「それも違う!」
お姫様にも見えなくはないな。
 「それじゃ、なーに?」
 「なーにって……ちょっとキョン何か言ってあげてよ!」
俺に振ったな?
 「この人を見てどう思った?」
 「すごくきれいだと思った!」
すぐに答えが返ってきた。周りの大人はこの突然の出し物に笑顔を向けながら見守っている。
 「ハルヒ顔真っ赤だぞ」
 「うるさい!」
この場から歩き出そうとするハルヒの手を掴み女の子の前に押し出す。
 「残念だがどっちでもない」
 「そうなの?」
 「ただこいつは可愛いのだ」
 「このっ馬鹿キョン!!」
 「いだっ」
おお、暴力。ちょっとやり過ぎたようだ。
 「仲良ししないとだめだよ!」
 「うっ……」
子供に叱られる高校生。無垢な目にさすがに耐えられなかったか。
 「仲はほんとはいい。だから安心しろ。他の子たちが向こうで待ってるぞ、ほら」
 「それならいいよー。じゃーねー!」
手を大げさに振り少女は去っていった。いつのまにか列は進んでいて俺達の注文の番だ。
 「もうっやめてよね。こういうの!」
 「ああ、すまなかった。こんな機会は滅多にないぜ。それより注文」


腕を組み怒りを露にしたハルヒに促す。これはあまり怒ってない顔だ。
 「ご注文は?」
 「俺は、ピザチーズのを一つ。ハルヒは?」
 「私も同じのでいい。考えてる暇なんかこれっぽっちもなかったわっ」
 「ピザチーズ二つですね。少々お待ちください」
店員は笑いながら作業に移った。あんたも見てたか。
しばし生地を延ばす作業に魅入る。つい見ちゃうんだよなこれ。綺麗に鉄板の銀の色をささっと
きつね色の生地が伸ばされ銀を覆っていく。横を見るとハルヒも魅入っていた。
 「今度はクレープでも作ってみるか?」
 「意外と難しいんじゃない?」
 「ははっ。これは簡単ですよ。正直言ってぼろ儲けです」
今結構客並んでるんだが…。ぶっちゃけすぎだろ。
 「具の分量に慣れる方が難しいですね。色々な形のがありますから。っとピザチーズ二つ900円になります」
 「どうも。んじゃこれで」
受け取り夏目漱石一名支払う。
 「も一個作りますので待っててくださいね」
奥の女性店員から声が掛かった。
 「え? ピザ2つなんでこれで十分ですよ」
 「いいからいいから」
茶髪の若いお姉さまはどういうおつもりで。
 「なに?」
 「さあ」
奥では何か作業している姿が見えた。クレープか?
 「はいこれ。そっちの彼女に」
渡されたのはやはりクレープだった。中身はなんだろうか。
 「君あんまりいじめちゃダメだよっ。まあ見てる分には楽しかったけどね」
そういうことか。
 「解りました。つい…ね。ハルヒ、これ貰ったぞ。お礼言っとけ」
 「……ありがとうございます。…ついってなんなのよ」
 「また来てくださいね」
 「んじゃ、おいしく頂きます」
軽く手を振りその場から去る。後ろの客は、いいなあという面持ちをしていた。得したもんだ。
 「これは俺の功績である」
 「あげないわよっ」
 「ああ、全部食うがいい。なぁどこで食おうか」
 「座る場所なんてないわね…」
ベンチはどこも埋まっていた。これは地べたか?
 「静かな場所がいい」
 「んじゃ任せる」
ハルヒなら詳しいだろう。ついていけばこいつが満足する場所につくだろうよ。
何か水の流れる音が聞こえ出した。川でもあるのだろうか。
 「ここに決めたっ!」
小脇の芝生に突然座り込んだ。丁度大木の日陰になっていていい感じの場所ではある。
俺は上着を脱ぎハルヒに放った。
 「それ下に敷け。泥ついたら白だし目立つ。そしてこっちからおまえのパンツは丸見えだ」
 「うっ。そ、そうだったわ」
パンツはいいのか? 純白である。
 「早く食べないとだめ。もう冷めてきてる」
横に座り、既に食い始めているハルヒを見ると両手に握り締めた獲物にご満悦の様子。
 「あんた食べないの?」
 「いや、食うけどな。…この濡れた食感がいい。やはり旨い。
  クレープってのは久々に食べると特にうまく感じる」
 「私コレ初めて食べたけど気に入ったわ」
 「ピザのほうか。もう一個の方はなんだった?」
 「中には…チョコだけは見えたけど」
もう一つのクレープの中を覗きこむが判別はつかなかったようだ。
まあそのうち解るわけで川のせせらぎを聞き、この美しき自然を見渡しながらのんびり食うのもおつなもんだ。
 「イチゴチョコだった! これ! …あげないわよ」
 「おまえ食うの早!」
片方の手にはピザチーズが残っていた。いけない食い合わせだ…。


 「その食い合わせはまずい」
 「えっ、なんでっ?」
 「鰻と梅干並だぞ。もっと作ってくれた人に感謝して食うべきだって事を言いたい」
 「鰻と梅干って只の迷信でしょ。私調べたもの」
 「迷信だ。さすがだな」
 「あんたも結構詳しいわね」
 「普通だろ」
食い終えた俺は体を後ろに倒し寝転がる。芝生の感触がどこか懐かしい。
食べるもの食べたら眠くなってしまった。
 「眠いの?」
 「少しな」
 「寝てもいいわよ」
このまま寝てもいいのだろうか。その一言に負けそうだ。
結構睡眠をとった筈だが体の疲れは取れてはいないようだ。いや体じゃないか。
 「ここは綺麗だ」
 「たまに来て見るといいものね」
絶えず聞こえてくる風に揺れる木々の音、川の流れる涼しげな音、ここには子供達の騒ぐ声も届かない。
天は樹木より茂った草葉により隠れ日の光は余り見えない。昼寝してくれと言わんばかり。
 「ぼーっとしてるのに飽きたら起こしてくれ」
 「あたしも寝ちゃうかもしんないわよ」
 「いいぞ」
隙間から見える光を見ながらまどろんでいく。気持ち良すぎだここは――――


………………………………脚に違和感。これはなんだ。何か温かい。
動かしてみる。
 「んぁっ…」
なんだ? 脚の違和感はなくなりはしたが声が聞こえた。手をつき起き上がる。
 「おまえ、何やってるんだ」 
脚の横でハルヒが寝ていた。
 「ふ…ぁ。…何って…膝枕でしょうが」
 「普通、男がして貰うほうだろ。ほら頭、草ついちまった」
頭についた草を払う。まあこいつらしいか。ハルヒが俺を膝枕するなんて考えられない。
いや、案外言ってみたらやってくれるかもしれん。
 「ははん。あんたして貰いたいんでしょ。別にいいわよ」
 「いや、悪戯されそうだからいい」
 「しないわよ」
しないだろうな。
 「今何時だ?」
携帯を取り出し確認。
 「四時廻ってるし。三時間以上寝てたのか」
 「中々の枕だったわ」
 「そりゃよかったな」
辺りは薄暗く虫の音も強くなり吹く風は少し肌寒さを感じさせる。そろそろ他へ行くべきだろう。
 「寒くなってきたし、どっかいくか」
といっても行く所なんて検討もついてない。腹が減っている程度だ。ここはまた何か飲食か。
 「腹も減った。やっぱあれだけじゃ足らん。おまえはどうだ?」
二つ食ってたしさすがに一杯だろうか。
 「…もうちょっとここにいたいわ」
「もう寒い…ぞ」
様子がおかしい。顔を俯かせ手は胸の上で握り締めている。
その表情は風に流される髪で隠されよく見えない。
 「ねえ」
立ち尽くす俺の手に何かが触れた。思わず狼狽えてしまう。
それはハルヒの手で、上から抑える様に段々と強く握られたから。これは…告白だろうか。
 「あたしの目を見て」
両手を引かれ顔と顔が近づく。表情が浮き彫りになり覚悟した。
いつにない真面目な顔、これはきっとそうなんだろう。俺の答えは決まっている。
 「………………」
ハルヒの目は俺の目を捉えて離さない。それにしても長い。何を見ようというのだ。


 「…ジョン・スミス」
 「……なっ!?」
言われた言葉を理解した瞬間頭は真っ白。全く予想外のその有り触れた名前。今、この時に、何故。
 「やっぱりそうなのね」
どこか安心し、少し微笑んでいる。待て納得するな。
満足しているようだが俺は否定しなければならない。落ち着いて説明しないと更に疑われるだろう。
 「訳が解らん。やっぱりそうってどういうことだ。初めて聞いたぞ、誰だそいつは」
 「中学の頃に手伝ってもらった。あんたもよくわかってるでしょうに。
  SOS団のSOの意味を大きな声で言ってみなさい。ねえジョン」
言えるか。
 「ヘンな名前で呼ぶな。俺はな、おまえが告白でもするんじゃないかと思ってたんだ。だから驚いた」
話を反らす。告白という単語にこいつは過敏に反応するだろう。
 「…何に驚いたのよ?」
普段なら乗ってくる筈なのだが。ああ、今のおまえはいつもとは違ってたか。あくまで認めさせたいみたいだな。
 「あんな雰囲気の時に突然外国人の名前出されてみろ。そりゃ誰だって驚くさ」
これでどうだ。正論だぞ。
 「そう?」
 「そう、って…普通はそうだろうよ」
 「…二度目なのに?」
 「は?」
二度目…?俺は今言われたのが初めてだ。記憶にない。
 「もう一度言われたら普通驚かないでしょ。それでもアンタはまた驚いた。
  それは余程アンタが隠したい事で図星をつかれてまた驚いてしまったわけね。
  どう考えてもおかしいものね。まだ高校一年生なんて。留年でもないしさ」
記憶にないのなら俺でないこの世界の‘俺’が言われたとしか思えない。非常にまずい。明らかにコイツは断定している。
そのニヤニヤ笑いをどうにか止められないものか。
 「何を勘違いしてるのかは解らんが、俺はただ忘れてるだけだった。
  だから二度目だとしても驚いたんだ。言われて今思い出したぞ」
 「もう白状しなさいよ」
止められないのか。どこでこいつは気づいたんだ。白状…してしまうと言ってもどう説明する?
いやしないほうがいいに決まってるだろ。穴を探してみるか。
 「白状って、俺は話す事などないんだが気が済むまで付き合ってやる。
  仮に俺がそのジョン・スミスだとする。おまえはどうしてそいつが俺だと思ったんだ?」
 「その投げやりな話し方、凄く特徴的。後は背丈、雰囲気。前も言ったじゃない」
間髪入れずに返答が来た。
 「俺みたいなのは一杯いるだろ。その程度で外国人にされたくないな。俺は日本人だ」
 「…そのセリフ二度目だ」
チャンス到来。このままいけば流せそうだ。心の中で‘俺’を褒めておく。
 「そうなのか? ほらだから忘れてるんだって」
 「…あんた本当に忘れてたのね。うーん、違うか。でも絶対そうだと思うのよね〜」
 「有り得ないだろ。おまえの中学の頃なんて知らないし、俺は高一だ。留年もしてないぜ」
 「留年はしてないのは知ってる。調べたから。そうねえ…じゃあ」
学校にでも忍び込んだか? 突っ走ると止まらんからな。
 「未来からアンタはあの時私に会いに来たんだ」
「な…わけないだろ」
こいつの勘が恐ろしい。
 「その展開はおまえが喜びそうだな」
 「そう…ね。でも違ってもいいわ」
 「違ってもいいって?」
 「あたしはキョンが好きだから」
溜めもなくいきなり言いやがった。不意打ち過ぎる。
 「あんたはあたしの事好きなんだよね? だってデートに誘ってくれたんだもの。
  好きじゃなきゃ誘わないわよね」
爛々とした目がまぶしい。ここまで直球だとは。
 「何黙ってるのよ。いいわ、受け入れたら答えになるんだから」
意味など考えてる暇はなかった。ハルヒは目を閉じ顔を近づけてきた。
俺は受け入れるべく、その時を待つ。結構大胆な奴…だ…? 視界に誰かを捉えた。
 「…なが…と」
風に揺れるスカートをはためかせながら、いつもの無表情であいつがいた。いつからだろう。
 「……有…希?」


ハルヒも気づいた。そそくさと俺から離れていく。微妙な空気。
あいつは何をしに来たのだろうか。長門の足がてくてくとこちらへ近づいてくる。何が始まる。
この三人という状況、いやな予感がする。
 「話がある」
何の話だ。気になるし、不安だ。
 「話ってなんだ?」
 「あなたではない。涼宮ハルヒと話したい」
有無を言わせないその言い方。ハルヒと何を話すというのだ。
 「有希…どうしたの?」
こいつも雰囲気を察している。
 「あなたがこの人を好きなのは知っている」
 「い、いきなりどうしたのよ」
 「はっきりさせたい。あなたはこの人が好き?」
 「はっきりって…。そうよ、あたしはキョンが好き。でもそれがどうしたの?」
今更何だろうか。
 「私もこの人が好き」
 「ちょっと待てっ」
またあの時の繰り返しか? またか? もう嫌だ。
 「あなたは黙っていて」
 「黙っていられるか」
 「お姉ちゃんに朝なんて言われた?」
 「え……、あ」
朝、朝倉が言っていたのはこれだったのか。
見ているだけでいいと言われたが、はたして大丈夫なのか…。もう少し見守る事にする。
 「…あんたが好きなのは知ってたわ。いつもキョンだけに対して見る目が違ったもの。態度もね」
意外にもハルヒには解っていたようだ。いや解って当然なのかもしれない。
二人同じ‘俺’を好きになったのだから。
 「なら話は早い。この人はあなたには渡さない」
 「渡さないって何よ…。キョンはあんたのものじゃないんだから」
 「訂正する。この人は私のものだった。それをあなたが奪った」
 「何言ってるのよ? いつあなたのものになって、いつあたしが奪ったというの」
わからなくて当然だ。もうそのくらいにしてくれないだろうか。
 「キョンはね、あたしをデートに誘ったのよ。わかる?
  あなたではなくこの私を選んだってこと」
こういうの苦手だ。
 「そう思うならそれで構わない。あなたがいくら願ってもこの人は振り向く事はない」
「こ、このっ!」
何か叩く音が響いた。余りの突然の出来事に止める事も出来なかった。
ハルヒが長門をぶつなんて。
 「やめろハルヒ!」
間に分け入り長門を背に庇う。
 「なによっ! あんたは有希の味方するっていうのッ!?」
胸倉を容赦なく掴まれる。
「そういう問題じゃない! 叩く事ないだろ。少し落ち着け」
 「落ち着いていられるかっ!!」
普通じゃない。がくがくと揺さぶられる。ああもう。
 「あなたは黙っていて」
ハルヒの怒鳴り声の中静かなその声は俺の耳に通る。黙っていろだって?
 「どきなさいよっ!」
 「信じて欲しい」
その懇願するような声に力が抜けていく。再度相対する二人を呆然と見る。
 「殴りたいなら殴ればいい」
 「なっ何よ。…その目。もうぶたないわよ」
 「そう」
 「そうね、いいこと思いついたわ。はっきりさせたいってあなた言ったわよね」
 「言った」
 「キョンに聞けばいいのよ。ねえキョン、あんたは…」
何を言われるか解る。
 「あたしと有希どっちが好きなのよ」
………俺はさっき黙っていろと言われた。言われたから黙るんじゃない。


 「ねえっキョン! なんで…黙ってるのよ」
こうして二人を前にするとどっちを選ぶなんて出来やしなかった。
静寂が重い。周りの音なんて聞こえやしない。はは、情けない。
 「あんた…迷ってるとか言うんじゃないでしょうね」
ばれたか。まあばれるわな。
 「ああもう! むしゃくしゃする! 有希これだけは言っておくわ。
  あたしは絶対これっぽっちも負けるとは思ってないから! 今日はもう帰るッ」
 「逃げるの?」
煽らないでくれよ…。
 「逃げる? 逃げるんじゃないわよ。あたしは結果が見えてるから帰るだけ。
  キョンも突然でよく解ってないんじゃないの? ちゃんとした返事が聞きたいのよ。あたしはっ」 

残る俺達を背にあいつは帰っていった。何ともいえないこの嫌な空気。間違いなく俺のせいだ。
芝生にへたりこむ。
 「長門さ、俺が悪い。あのとき…」
 「これでいい」
 「なんだって? どこがだよ。これのどこがいいんだ」
 「携帯を貸して」
意図がわからない。まあ携帯が見たいってんなら出すか。
 「ほら、これだ」
投げやりにその手へ。
 「この画面を見て。解るから」
開き液晶の部分を見せてくる。いつもの携帯画面だがどこをみ…?
画面にノイズが走り出した。
 「なんだこれ」
壊れた…わけじゃないよな。
 「しっかりと見て」
画面を走る不定形な線はやがてはっきりと像を結び出した。
 「誰だ、これ」
 「見えないなら聞くだけでいい」
画面は小さく、白黒の二色、解り辛い。部屋にはかろうじて二人いるのが薄い月明かりで解った。
 『有希ちゃんさ』
ッ!? 朝倉だ。となるともう一人は長門か。
 『私には今回の原因は解るのよね。何故涼宮ハルヒは改変をしたのか』
それなら俺にも解るぞ。ハルヒが嫉妬したからだ。以前の世界を認めないほどに。
 『あの人は私に嫉妬したから』
そうだ。
 『平たく言うとそうだけどね、でも度合いって物があるじゃない?』
度合い?
 『何故世界を改変するほどに涼宮さんは嫉妬をしたのか。
  これが重要だと思うの。本当は解ってるんじゃないのかなぁ有希ちゃん』  
長門の表情は読めない。画面小さすぎだっ。
 『言っちゃうね。それはあなた達二人、キョン君と有希ちゃんが
  付き合うのを涼宮さんに隠していたから。気持ちは解らないでもないけどこれがダメ』
以前俺もふと思ったことがある。口には出さなかったが、やはりそうだったか。
 『涼宮さんが怖かったのね? どうゆう事態を招くのか解らないもの』
 『……そう。二人で内緒にすると決めていた』
 『でも涼宮さんは二人が付き合っている事にすぐ気づいたんでしょう。
  当然ね、恋する女の子はずっと好きな人を見ているものだから』
 『………』
 『涼宮さんはあなた達二人を仲間だと思っていた。信じられる仲間だと。
  だからこそ、その反動が大きく出ちゃったと思うの。推測だけどね』
以前元の世界の古泉にも言われた事がある。俺とハルヒには見えざる信頼感があると。  
 『涼宮さんは信じていた二人に裏切られた、と思った。今まで一緒に部活を楽しんでいた分
  許せない気持ちが強く出てしまったんでしょうね。世界を変えてしまう程に』
 『お姉ちゃんの言う通りかもしれない』
 『きっとそうよ。有機生命体の言語の中で恋は盲目っていうのがあるわね、その通りだと思うわ。
  だから有希……どうすればいいか後は解るよね。あなたは自分の気持ちを隠さなくてもいい。正直になるべきだわ』
 『……わかった』
その理解の言葉と共に携帯はいつもの画面へと戻っていた。


横の長門を見る。顔は地面を向いていた。申し訳ないとでもいうのだろうか。
 「長門、だからさっきハルヒにああ言ったのか。おまえは…一から始めようとしているのか」
‘俺’との関係を。
 「そう」
 「おまえを責めるつもりはない。よく決心したと思う。だから顔を上げろよ…」
朝倉の言う事が正しければこれでもう…。顔を上げようとしない。やはり気にしてしまうか。
 「……まだ、ある」
 「…まだある…って? 何が」
携帯? 右手で持つ未だ開いたままの携帯を指差した。
 「映像が、まだあるってことか?」
その顔はなんだ。何がおまえの顔をそうさせる?
なんでそんなっ泣きそうな顔をしているんだっ。物凄く嫌な予感がする。
 「見なきゃ…だめだよな」
 「見て、欲しい。見やすくする」
握っていた携帯を取られる。何を見せるつもりなんだ。
例のノイズ混じりの波形が浮き上がっていく。徐々に浮かび上がっていくその造形。色がある。
画面には一人の女性、昨日から俺が世話になっていた朝倉、そのひとがいた。
 「朝倉が…いるぞ。ほらっ。…なんで、おまえは見ないんだ?」
長門は下を向き画面など見ていなかった。

 『ふふ』
声が聞こえた。顔を画面に戻し見ると朝倉は微笑んでいた。
 『恋については私のほうが上ね有希ちゃん。やっぱり私がキョン君と付き合うほうがいいんじゃないかな』
さっきの話の続きだ。俺と付き合う? こいつも‘俺’の事が?
 『まあもう、私は輪の中に入れないけどね』
へ?
 『独断での他世界への干渉行為は…重大な違反。確実に…存在の消失を招く事に…』
なんのはなしをして…他世界? 干渉。朝倉が他世界干渉……俺の……世界。…消失?
 『…お堅い上の人なんて知らないわ。所詮私はバックアップなんだし、あなたさえ無事ならいいの』
 『おねえちゃんは…ずるい』
 『あはは、でも本音を言うとキョン君と会えなくなるのは悲しいな。この気持ち…有希なら解るわよね』   
おまえは…いなくなるとでも言うのか?
 『何故、違反を』
 『それこそ有希ちゃんなら解るでしょ。好きな人が困ってるならなんとかしたいじゃない。
  私が言わなきゃ有希ちゃんがやっていたでしょう? 私はただあなたより先に言っただけ、だから気にしないで』
 『でも、こんな』
 『有希ちゃんはいいのよ。あなたがいなくなるのはもっと世界を壊す事になる。だから……』
なんだこれは。
 『いいのよ』 
彼女は終始微笑んでいた。…終わりか、短かったな。そうかいそうかい。むむ、どうしたんだ、俺の手よ!
震えが止まらない。ちょっと長門に…聞いてみるべき、だ、ろうなあこいつは。

 「こ、これ………なんだが…」
すぐに言葉なんて思いつかない。
 「なが…と……これ。携帯見てみろよ。あっああ、今は映ってないか。さっきまで凄いのやってたんだぜ」
 「………」
 「なあ、これ何の冗談だ? 笑えないぞこれ」
とびっきりのおまえのジョークなんだろ。なあそうだよなこれは。
 「冗談ではない」
 「なんだよっ! それ!」
冗談とは言ってくれない。認めるしかないじゃないか。
あの時、他世界への干渉行為は簡単なもんだと思っていた。物を取ろうと手を伸ばすようにだ。
だがそれは大間違いだった。映像の中で長門は確実に存在を消されるような違反と言っていた。
朝倉は俺の世界のために危ない橋を渡っていたんじゃないか。無知とは罪、まんまではないか。

 「なあっ朝倉はこれからどうなる!」
 「処分は…免れない」
 「それは死ぬって事と一緒じゃないかッ! 俺のせいだ! なあ、親玉と直接話をさせてくれ!」
 「依然涼宮ハルヒによるこの世界の改変についての討議は続けられている。だから処分については後になる」
 「少し連絡を入れただけじゃないか! 何も悪い事などしていない。おまえの親玉はどうか…どうかしてる!」


 「あなたには大した事ではないかもしれない。でもこれは重大な違反。他世界を弄るという行為」
 「おまえら姉妹なんだろ! なんでそんな冷静にいられるんだよッ!」
 「あなたみたいに喚けばいいと? 私だってとても辛い。お姉ちゃんがいなくなるなんて絶対いやだ!!」
 「っ!……ぅ……あ……すまな…かった」

感情を剥き出しにする長門に俺は唖然とする。口を大きく開けその瞳には…涙が。
何度俺は馬鹿をすれば気が済むんだ。こいつだって本当は辛かったんだ。そりゃそうだ。
肉親だから! あれを見せて俺が騒ぐだろう事は解っていたんだ。
 「気を廻せてやれなかった…」
 「……あの時、いい考えなんて思い浮かばなかった。すぐに情報爆発が起こる事は予測できていた。
  お姉ちゃんをこんな目に合わせたのも私が馬鹿なせい」
 「その決断をさせたのは俺なんだ」
 「買い物に出かけた時もお姉ちゃんは仕切りに私にキョン君にこの事は教えてはダメ。冷静でいなさい、
  いつもどうりでいなさい。と何度も情報を送っていた」
何かに憑かれたように長門は無表情に涙をぽろぽろと流しながら語り出した。
 「…………………なんだよ、それ」
 「何度あなたに打ち明けようと思ったか解らない。
  でも、言ってしまったら決意したお姉ちゃんを裏切る事になる。………私はあなたを欺いていた」
 「…長門。おまえは俺に打ち明けてくれたじゃないか!
  いいんだ、それが正しい。そのまま何も言わないで朝倉が消えていたなんて事になっていたら
  きっと…きっと俺はその顔ををひっぱたいていた。おまえはやっぱり姉妹なんだよ。
  おまえは正解を選んだんだ。だからもう…そんな顔するなよ」
どこを見ているのか解らないその表情のまま涙を流し続ける長門をそっと抱き締める。
…そうか、そういうことだったんだ。
ぐすぐすと嗚咽を漏らす長門の肩を抱きながら朝倉の事を考える。
朝倉…おまえは自分がバックアップだからと言い、身を挺して
こっちの都合のためにその身を捧げたみたいなことを言った。でもそれが本心なのだと俺は思わない。
個の人間だったとしてもおまえは身を捧げたんじゃないか?
俺が子供のように駄々をこねる様を見かねて…そう、おまえは俺が好きだといっていたじゃないか。
あの時の事を思い出す、長門の言うように手詰まりなのは確かだった。
そして少し不自然だと思う事があった。
朝倉は長門が何か言いかけた事を遮るようになんとかすると言ったんだ。
俺に余計な心配でもかけさせないようにそうしたんだろう。
それを目先の事を優先して焦って放置した俺の、俺のせいじゃないか! …俺は取り返しのつかないミスをしたんだ。
…本当にすまない、朝倉。…だがこのまま引き下がるつもりはないぞ。まかり通ってなるものか。
 「親玉に伝えてくれ。朝倉を消すような真似をしたら俺は元の世界には戻らない、と」
 「………………わかっ…た」
帰るのが遅くなっても構わない。ハルヒには連絡がいっている。多少は大丈夫な筈だ。
誰かが幸せになって、誰かが報われない。そんなのはありふれた事だと解っているさ。
でもこんなのは間違っているだろ。…人を助けた人間は報われるべきだ。
朝倉と‘俺’両方を取り戻してみせる。

 「今日はもう…家に帰るのがいい」
異論はない。
 「またおまえの家に行けばいいか?」
朝倉のいるその家へ。
 「その方がいい」


 


                                     

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