作品名
長門有希の暴走 - 消失
作者
6-555氏




わたしは、一人、夜の校門の前に佇んでいた。
なぜ、こんなところにいるのだろう。冷たい空気。孤独と寂寥。

家に帰ろう。早くあの部屋に帰ろう。
焦る気持ちで夜道を歩く。気が付くと目の前を朝倉さんが歩いていた。
彼女が振り向き、やさしい笑顔で、手を差し伸べてくる。
嬉しい。私は一人ではない。私は彼女の手を握ろうとする。

でも違う。その手を振り払う。彼女の悲しそうな瞳。

あの人が待っている。きっとあの部屋で待っていてくれる。
だから、今は早くあの部屋に帰らなければ。早くあの人に逢わなければ。

気が付くと、部屋のドアの前に立っていた。急いでドアを開ける。
誰もない。わたしは部屋の中で座り込む。あの人はいなかった。

そのまま膝を抱えてうずくまる。すると、突然、ドアが開いた。

驚いて振り向くと、あの人が立っている。あの人が来てくれた。
安堵感に包まれる。わたしは一人ではなかった。
そして、あの人の許に駆け寄った。


変な夢。わたしはぼんやりと窓の外を眺め、今朝見た夢を思い出していた。
妙に現実感のある、でも、現実にはありえない、そんな夢。何だったんだろう。
でもまあいい。夢は夢。わたしは精神分析医ではない。
きっと、何かで読んだ小説の記憶、その断片だったのだろう。
そう思いながら、その夢を詩か小説にできないだろうかと、ぼんやり考えた。

文芸部では、年に一冊、活動実績としての機関誌を出さなければならないらしい。
例年は秋の文化祭で配布していたらしい。
今現在の文芸部員は、わたし一人だけ。文化祭では、何もしなかった。
よって、年度末までに、一人で機関誌を作成、配布しなければならないのだろう。
今は十二月。少なくとも二月中には原稿を揃え、製本作業に入る必要がある。
あと二ヶ月弱。そろそろ本格的に準備に入らなければならない。
読んだ本の感想とか、詩や小説もどきも書いてはいるが、完成には程遠い。
でも、とにかくどんな形であれ、出さないと休部になるかもしれない。
休部は避けたい。

そんなことを考えているうちに、最後の時限が終わった。
カバンを持って、急いで部室に向かう。書きかけの小説を書き進めなければならない。

そう、わたしは小説を書いている。小説と言うより短編小説もどき。
今のところ、とても人に見せられるようなものではない。
でも、発行する機関誌の、浮き草程度にはなるかも知れない。

それは、悪い魔法使いの女の子と、普通の男子高校生の話。
女の子は、魔法を使って地球を征服するために、宇宙からやってきた。
そして、男子高校生と出会い、一目惚れする。
彼の近くで巻き起こされる色々な騒動。それを彼女は魔法を使って解決していく。
彼もそんな彼女に心惹かれていく。そして、彼女は彼に想いを告げる。
その結末は……

……その結末は、まだ決まっていない。

大体、宇宙人と人間で恋愛など成り立つのだろうか、こんな話で喜ぶのは小学生くらい
なのではないだろうか。そのような後ろ向きな考えを払い落とし、結末を考える。
そう、そんなことを考えていたら、フィクションなんて読めない。

結末は、やはりハッピーエンドがいい。でも何か一捻り欲しい。どうする?

考えながら歩いていると、何時しか部室の前に着いていた。
部室の中には誰もいない。少し淀んだようないつもの空気。


カバンを置いて、長テーブルに向かう。
パソコンの電源を入れる。電源ファンの音が聞こえ、システムが起動し始める。
このパソコンは古く、システムが立ち上がるまで、少し時間がかかる。
その間、わたしはイスに座って、窓の外に目をやり、小説の結末を考えていた。

ハードディスクにアクセスする音が消えた。
わたしは、パソコンに向かうとエディタを立ち上げ、少し書いてみた。

 彼女は、彼の前に立つと静かに口を開いた。
 「あなたも知っているように、私は人ではない」
 彼の瞳は、静かに彼女を見つめている。
 「でも、あなたを好きになった。もう気持ちを抑えることができない」
 彼は驚いたような顔をした。でも、すぐに穏やかな表情になる。
 「そうか。何となく知ってたさ。お前はまったく人の常識を知らないからな」
 そう言って、彼は微笑んだ。
 その言葉を聞いて、不意に、彼女の顔が歪む。
 「どうした? 俺もお前が好きだぜ」
 彼女は、涙を流していた。

なんだろう、この展開。自分で書いてて赤面しそうになる。
読み直す。だめだ。陳腐。捻りもない。

でも仕方がない。そもそも、わたしは、異性と付き合ったことがない。
だから、多少表現が陳腐になるのは仕方のないこと。そう自分を慰めてみる。

そもそも文芸部で出す機関誌に、このような告白描写があっていいものなのだろうか。
少し展開を考え直したほうがいいかも。

天井を見ながら、しばらく考える。

だめだ。何も思い浮かばない。少し間を空けたほうがいいのかも知れない。
とりあえず、今日はここまでにして、二、三日後にもう一度考えてみよう。

ファイルを保存し、パソコンをシャットダウンする。
パソコンの電源ファンが止まり、急に、静かになる。
「ふう」
ため息をつき、暗くなったディスプレイを何の気なしに眺める。
その画面に、表情のない顔が映りこむ。能面のような、わたしの顔。


わたしはひどく人見知りをする。
高校入学後、もう半年も経つのに、異性の友人どころか同性の友人もほとんどいない。
話しかけられても、うまく返すことができず、すぐに俯いてしまうから。
みな呆気に取られた後、わたしの前から居なくなる。

入学した当初は、それでも、クラスメイトがいろいろ話しかけてくれた。
でも、今は、ほとんど会話することもない。
例外は、同じマンションに住んで、同じ高校に通っている朝倉さんだけ。
彼女は、明るくて、活発で、気さくで、美人。女子生徒にも男子生徒にも人気がある。
クラスの委員長で、わたしの親友、と言うか、わたしの友人は、朝倉さんだけ。
わたしとは正反対。わたしも彼女みたいになれたらと、いつもそう思う。

そんなわたしが、男の人と付き合えるわけもないし、今は、それでもいいと思っている。
本が読めれば、それで楽しいから。
ただ、一人だけ、親しくなりたい、できればお付き合いしたいと思っている人がいる。
それは、新緑の季節、半年ほど前に出会った人。五組の彼。名前は知らない。

わたしは、初めて行った図書館で、彼に助けてもらった。とても嬉しかった。
彼となら、それほど緊張することなく、普通に会話できるような気がする。
気がするだけだけど。
図書館で見た、彼の、彼の妹との仲よさそうな雰囲気は、彼がとても優しい人である
ことをしているように思う。それは、とても微笑ましい光景だった。

彼の姿は、その後、何度か校内で見かけた。その度、あのときのお礼を言わなければ、
と思い、そう思いながら、結局、一度も声をかけることができていない。
ただ姿を眺めるだけ。
でも、あの人の姿を眺めるだけで、穏やかな気分になる。
格好がいいわけではないのだけど、一緒にいれば、きっと楽しいに違いない。

でも、彼はわたしのことを覚えていないようだ。
廊下で擦れ違っても、わたしに視線を向けることはない。それは少し悲しいこと。

もうすぐクリスマス。その夜、あの人と一緒に過ごせたなら。
そう、あの人と二人で、クリスマス・イブを過ごす自分を想像する。
他愛のない話をして、一緒にケーキを食べる。
彼はきっとわたしの詰らない話でも、笑ってくれる。
わたしもきっと笑っている。いつもの無表情なわたしじゃない。
そして……

ふと我に返る。わたし、何を考えてるんだろう。思わず、頬に手を当てる。
熱を感じる。赤面しているのではないだろうか。
周りを見回し、誰もいないことを確認する。
誰もいない。誰もいるわけがない。ここは、わたし一人の文芸部室なのだから。

軽く咳払い。
図書館で借りたハードカバーをカバンから取り出すと、長テーブルに向かった。

本当にわたしは何を考えているのだろう。


どれほどの時間が経過しただろう。
いきなりドアが開いた。反射的にドアに視線が向く。

開かれたドアの先に立っている人影を見て、一瞬、目を疑った。
あの人だ。なぜ、彼が? そう思うと同時に、何か既視感のようなものを感じていた。
そう、この感じどこかで。

どれだけの時間、わたしは彼を見ていたのだろう。凝視していたに違いない。
彼は、わたしから視線を外すことなく部室に入ると、後ろ手にドアを閉めて言った。
「いてくれたか……」
そう、安堵の表情を浮かべて。

彼の声。間違いない。図書館での記憶がよみがえる。
でも、いてくれたか、とは、どういう意味だろう。約束も何もしていないはず。
そもそも、あの図書館以降、彼と二人で会ったことはない。
いつも気付かれないよう、遠くから見ていただけ。

「長門」
彼の声で我に返る。
「なに?」
わたしの名前を知っているようだ。なぜ、わたしの名前を?
あの図書館でのことを、覚えていてくれたのだろうか。

彼は、お前は俺を知っているか、と訊いた。
もちろん知っている。図書館で助けてもらった。その後、何度も校内で見かけた。
そして、朝倉さんのクラスメイト。

「知っている」
そう答えると、彼はいきなり意味不明なことを話し始めた。

わたしが宇宙人に作られたアンドロイドで、魔法を使うとかなんとか……。

何を言っているんだろう。まったく意味が解らない。
どこか具合でも悪いのだろうか。大丈夫なのだろうか。
それとも、誰かの悪戯なのか。
でも、わたしにそんな悪戯をする人に心当たりはない。
また、彼がそんな悪戯をするとは思えなかった。
わたしは、どう答えていいものか解らず、視線を彷徨わせていた。

「……それが俺の知っているお前だ。違ったか?」
彼はそう締めくくって、わたしを見た。正気に見える真剣な眼差しで。

何がどうなっているのか解らない。でも、悪戯ではないようだ。
しかし、わたしには、彼の言っていることがまったく理解できない。
わたしは、彼に何かしたのだろうか。そんなはずはない。
では、わたしを誰かと勘違いしているか、または、誰かと混同しているのか。
思い当たる節はない。
でも、もしかしたら『俺を知っているか』と問われたときに『知ってる』と
答えたのが悪かったのかも知れない。
ならば、とりあえず謝って、彼の勘違いを正すべきだろう。
「ごめんなさい」



彼は、信じられないという顔をした。本気で驚いているようだった。
わたしは、彼が五組の生徒であることしか知らない、それ以外は知らない。
そう伝えた。ひどく動揺しているようだった。

「……お前は宇宙人じゃないのか? 涼宮ハルヒと言う名前……」
宇宙人? どういうことなんだろう。やはり、悪戯なのだろうか。
「ない」
そう答えると、彼は、そんなはずはない、と言いながら、こちらに近付いてきた。
わたしが嘘をついている、そう思ったのだろうか。激昂している。

襲われるかもしれない、そんな恐怖と、彼はそんなことするはずがないと言う思いが
交錯する。しかし、彼が迫ってくるのを見て、恐怖が勝った。
思わず立ち上がり、一歩下がる。

彼はこんなことする人じゃない。これは何かの間違いだ。

彼の手が、わたしの肩を掴む。逃げなければ。背中が壁に当たる。逃げ場がない?
彼の顔が近付いてくる。逃げられない。思わず顔を背ける。心臓が早鐘を打つ。

彼は、わたしに顔を近付けたまま、何か言っていた。
世界が変わった、とか、ハルヒの代わりに朝倉が、とか、朝倉とお前は同類だ、とか。
でも、それを聞く余裕はなかった。

わたしは、怖くて悲しくて、彼がなぜこんなことをするのか、そればかりを考えていた。
乱暴されるかも知れない。それは嫌だ。でもどうして。思考が千切れていくのを自覚する。
声を上げなければ。悲鳴でも何でも。でもわたしの口から出たのは、哀願のような言葉。
「やめて……」
思わず、口をついてでる。声が震える。身体が動かない。
わたしは顔を背けたまま、固く目を瞑って、目の前の恐怖に耐えていた。
震えが止まらない。何も考えられない。誰か助けて。

次の瞬間、わたしを揺らしていた彼の動きが止まった。

「すまなかった」
彼の声。先程までと調子の違う声。
わたしの肩を掴んでいた彼の手が離れ、気配が薄くなっていく。
「狼藉を働くつもりはないんだ。確認したいことがあっただけで……」

ゆっくり目を開く。何がおきたのか。

彼は、よろめくようにわたしから離れると、わたしが座っていたイスに腰を下ろし、
そのまま呆然としている。

わからない。状況が把握できない。
でも、先程まで彼がまとっていた激情的な気配は、すっかり消失している。
それでも、わたしは、動くこともできず、ただ立ち尽くしていた。

彼は部室の中を見回し、ちくしょう、と呟くと頭を抱え、うなだれた。




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