作品名
ポンコツな頭
作者
22-492氏




世界で一番大切な言葉は?って質問されたら、あなたはなにを思い浮かべますか?
「平和」?
「愛」?
それとも「希望」?
きっとそんな立派なものが浮かぶんでしょうね。
でも、あたしのポンコツな頭はまったく別な言葉を思い浮かべるんです。

「キョンくん」

これがあたしの『世界で一番大切な言葉』なんです。

あたしが自分の頭をポンコツだな、って自覚したのは、最初に目を覚ましてからわりとすぐ後のことだったと思います。
あたしが目を覚ましたとき、目の前には華奢で小柄で無表情なお姉さんが立っていました。
あたしがなにか言う前に、そのお姉さんは「エマージェンシーモード、終了」と小声で呟いたかと思えば、すぐにスタスタと歩き去ってしまいました。
ぼーっとしていて声をかけそびれてしまったあたしは、その直後に自分がなにも覚えていないことに気付いて唖然としました。
自分がどこの誰で、どんな人と知り合い、どんな人生を歩んできたのか、なにも……
そう、あたしの頭はすっかりポンコツになっていたんです。



後で他の人に聞いたところによると、あの無表情なお姉さんの名前は長門有希。
あたしの命の恩人らしいです。
どうもあたしはすっごい昔に、珪素構造生命体共生型情報生命素子、というものに寄生されて頭をぐちゃぐちゃに壊されてしまったそうなんです。
そのあたしを何回もの時間凍結処理と情報干渉処理をおこなって、なんとか活動できるところまで治してくれたのが長門さん。
お礼を言わないといけないんでしょうが、あたしはそれ以降この時間平面上で彼女に会うことはなかったので、その機会もなかったんです。
それに、素直に感謝することもできなかったんです。
だって、あたしの頭はポンコツになっていたから。
なにもないところで転ぶし、困ったことがあってもあうあう言うだけ……
そんなダメダメなあたしを、知らない世界にほっぽりださないでくださいよ。
誰もあたしのことを知らなくて、あたしも誰のことも知らない。
家族も、友達も、頼れる人は誰もいないんです。

周りの人はあたしにTPDDの構築を勧めてきました。
一度ぐちゃぐちゃに壊れてから長門さんに不完全に治してもらったあたしの頭は、どんな人よりもTPDDの構築に適しているんだそうです。
でも、そんなふうに褒められてもあたしの気分はちっとも晴れませんでした。
なんだか『おまえの頭は世界一ポンコツだ』って言われてるような気がしたんです。
そのうち、あたしにひとつの任務が与えられました。
時間断層の中心存在、涼宮ハルヒさんの監視だそうです。
STCデータの特殊分岐点が密集している時間平面に派遣できるのは性能が突出したあたしのTPDDだけ、というのがあたしが選考された理由です。
別にあたしが有能だから、というわけじゃないんです。
それはそうですよね。あたしの頭はポンコツなんですから……

そしてあたしはその時間平面で

ひとつの再会と

ひとつの出会いをするんです。


再会したのは長門さんと。
驚きました。
純粋に出会ってしまったことにも、彼女が涼宮さんの関係者だったことにも。

そして出会ったのは「キョンくん」と。
これにも驚きました。
あたしの頭がポンコツになってから、最大の驚きでした。
覚えていたんです。
あたしのポンコツな頭が。
「キョンくん」って言葉を。
なにひとつ覚えていないあたしのポンコツな頭は、それでも彼の顔と「キョンくん」ってあだなだけは大事に持っていてくれたんです。
その言葉にはあたしが味わったことのない『家族の温もり』の香りがしました。
嬉しかった。
本当に嬉しかったんです。

でも、やっぱりあたしの頭はどこまでもポンコツでした。
そんなに大事な人なのに、そんなに大事な名前なのに、他のことはなにも覚えてないんです。
なんて滑稽なんでしょう。
よりにもよって彼が疎ましく思ってるあだなしか覚えてないだなんて……

でも

それでも、あたしは自分のポンコツな頭を褒めてあげたい。

どんなにぐちゃぐちゃに壊れても
どんなに穴だらけのポンコツでも
「キョンくん」って言葉だけは忘れたくなかったんだよね。
そして、ちゃんと残しておいてくれた。
だからあたしは自信を持ってあたしの頭にこう言います。

本当にありがとう……

あたしは今日も部室でお茶を淹れてます。
「はい、キョンくん。味わって飲んでくださいね」
彼があたしのお茶を幸せな気分で味わうのと同時に、あたしも自分が口にした「キョンくん」って言葉を心の中で反芻して幸せな気分を味わうんです。
彼にお茶を出していると、ときどき奇妙なイメージがあたしのポンコツな頭に湧いてきます。
小さなあたしが大きなキョンくんに甘えてるイメージ。
キョンくんは困ったような、面倒くさそうな顔をしながら、それでもあたしのわがままをきいてくれる、そんなイメージが……
だから、もしかしたら、あたしはずっと昔から、こんなふうにキョンくんにお茶を淹れてあげたかったのかもしれません。
いつもお疲れ様、ありがとうって。
それはポンコツな頭が感じているただの勘違いなのかもしれません。
でも、それでもいいんです。

もし、これが勘違いなのだとしたら

それはあたしのポンコツな頭が必死になって見せてくれている

世界で一番素敵な勘違いなんですから


追伸そのいち

今日キョンくんがぼやいていました。
妹さんが「お兄ちゃん」って呼んでくれないものか、って。
なんだかあたしは妹さんがキョンくんのことを「お兄ちゃん」って呼ぶと、自分がとても恥ずかしい思いをすることになるような気がして、なにも言えませんで した。
ごめんなさい、キョンくん。

追伸そのに

あたしは今でも長門さんが苦手です。
命の恩人なわけで、とっても感謝してるんですけど、あたしがダメダメな原因が長門さんにあるような気がしてしまって、どうしても駄目なんです。
あの、えっと、もしかしてわざとじゃないですよね……











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