作品名
キョンと変な女
作者
22-289氏




 古泉の奴め、何であいつが俺の、中学時代の女友達のことまでことまで知っているんだ。と問うのも愚問か。
何せあいつは機関なんていう、工作組織だか、探偵事務所だかわからん組織の一員だからな。俺の過去ぐら
い知っていても不思議じゃねえ。あいつの前にはプラバシーなんかあったもんじゃないな。

 そういやあいつは、今どうしているんだろうな。年賀状では市立高校で元気にやっているようだが・・・。
それにしても、俺と付き合ってたなんてのは、馬鹿馬鹿しい戯言だが、国木田までが勘違いしていたのは、業腹だ。
まあ、仲は悪くなかったし、よくつるんで掛け合い漫才のような事をやってたからな。ああ、変な女というのも的確
な人物評だ。なんせあいつはハルヒとは違ったベクトルで、とんでもなくハイテンションで、ぶっとんだ女だったのだ。


──あれは俺が中三になってまもなくのことだった。俺はとうとう受験という、人生の中でも5本の指に数えられる
ような、苦難の一年を否応なく迎えてさせられていた。
 新学期が始まると、ただ隣の席だと言うことだけで、俺は彼女と知り合うことになった。最初は、なかなか機知
に富んだ会話をする奴ということで、すぐにうち解けるようになった。気も合ったのだろう。

 だが、仲がよくなるに従って、あいつが本来持つ、底知れないエネルギーを炸裂させるようになっていた。
 ある日のこと、彼女が教室に入ってくるやいないや、俺の席までやって来て──
「キョンくーん、キョン君キョン君キョン君キョン君キョン君。さて、わたしは何回キョン君と言ったでしょう?」
「知らねーよ。5回ぐらいじゃねーの?」
「ざんねーん。正解は7回でした。じゃあ不正解だから、ひろしくん人形は没収しまーす」
「そんなのはねーよ。つーか、いつのまにそんなの賭けてたんだよ?」
「さっきだよ。キョン君、そんなことを言ってたら、一流の回答者にはなれないよ。草野さんも草葉の陰で泣いてるぞ」
「一流の回答者なんかになりたかねーよ。その前に、草野さんを勝手に殺すな」
「大丈夫。キョン君。わたしが児玉さんに替わって、キョン君を一流の回答者に育ててみせるから」
「さっきと人が変わってるだろ。児玉さんて誰だよ」
「知らないのキョン君?あの有名な児玉さんを。あ、言っとくけど児玉源太郎じゃないよ」
 何で一女子中学生が明治の軍人を知ってるんだよ…。
 俺は突っ込むのにも疲れて、こめかみに人差し指を当てていた…。

 これはほんの一例に過ぎないが、いつもこんな風だから、二人は付き合ってるなんて噂が流れたんだろうか?確かにしょっちゅう一緒にいたような記憶がある が…。だが、待てよ。そう言えば、ある時からあまり冗談も言ってこなくなったな。


 あれは2月の初め頃か──たまたま俺は彼女と途中まで一緒に下校していた。俺にはいつもと変わらないように見えたが、それでもいつもより、口数が少ない ようなのような気もした。それでも彼女は口を開くと、いつもの調子で、「キョン君。2月のイベントって何か知ってる?あっ、言っとくけど、建国記念日とい うのは、なしだからね!」
 ボケる前に先に言われてしまい、どうボケようか迷っていると、
「バレンタインデーって知ってるよね?」
 そりゃ、俺も男だからな。重要なイベントの一つとして認識しているが、と答えると、
「キョン君は今年もらえる当てはあるの?」
 と、彼女に問われた。どういう意図があって、こんな質問をしてくるのか俺にはわからなかった。いや、今になってもわからないんだが…。
 俺はこう答えた。
「あてと言われてもな。妹と母親ぐらいからはもらえるだろうが、後は別にないな。もらえるもんなら誰から
でもいいけど、まあ、別に好きな女子がいるわけでもないし、俺を好きでいてくれる女子もいないだろうしな」
「じゃあ、キョン君。わたしが…」
「ああ、俺こっちだから。お前も急がないと電車が出ちまうぞ」
「そ…、そうねキョン君。じゃあまたね」
「ああ、またな」

 この日を境に、彼女が俺に話しかける頻度が徐々に少なくなったんだ。ああ、バレンタインデーには一応やけに装飾を施した義理チョコをもらったがな。



「キョン。いつまで部室でぼうっとしてるの!ほら早く帰るわよ」
 ハルヒのその一声で、俺は我に返った。どうやら俺は、他の3人が帰ったのもにも気づかずに、惚けていたようだ。
 ハルヒの方はと見やると、すでに白のダウンジャケットを着込んでいた。帰る準備は万端だ。早くしないとハルヒ団長閣下の怒号があがるだろうから、俺はい そいそと、ハンガーラックに掛けているダッフルコートを取りはずし、身につけた。

 下校途中、ハルヒは何かこちらを伺うような目をしている。俺が怪訝そうに見返すと、途端にあわてて、あさっての方向に目をそらした。何だ、気持ち悪い。 ハルヒらしくねえな。
「おい、ハルヒ。なんか聞きたいことでもあんのか?」
「別にないわよ!ただ、あんたが珍しく部室で考え込んでいたから、どうしたのかなって思っただけ!」
 
 別にないことないじゃねえか。それなら。つーか珍しくはよけいだ。俺だって考えることぐらいあるんだよ。
「へえ、初耳だわ。ひょっとして進級できたことでも考えてたの?それなら、あたしが家庭教師をしてあげたおかげだから、
あたしに感謝しなさい。なんなら感謝の品でもいいわよ。今なら絶賛受付中だからどんどん贈りなさい」
「そのことなら感謝しているが、考えてたことはそれじゃねえよ」
 成績の怪しかった俺は、団長の提案のもと、無料の家庭教師を受ける入れる羽目に・・・。もとい、ありがたくも教えを受けることに。

 まあ、その成果が出たおかげか、華厳の滝のごとく落下し続けるだけだった俺の成績は、川を這い上がる鮭のように上昇し、多少の余裕をもって進級できるこ とになった。ついでにハルヒはなぜか俺の母親にはやけに愛想よく、また、よそゆきの態度を取って、妙に仲良くなってしまった・・・。いや、それはいいんだ が、
「じゃあ、何を考えてたの?」
 と、ハルヒが尋ねてきた。
 いや、実はな・・・と言いかけて、俺はためらった。国木田に俺の中学時代の彼女だと、勘違いされている女の事をハルヒに言ってしまっていいもの か・・・。

 いや・・・まずいな。──また余計な誤解を生みそうな予感を、ひしひしと感じる。
 ハルヒに誤解されたからって、どうだというんだ、と思うが・・・。よそう、深く考えるとよけいなことを考えてしまいそうだ。。
 俺は相手が女だとわからないように、あたりさわりなくハルヒに答えた。
「ふうん。あんたにそんな友達がいたなんてね。ところで今はどうしてるの?そいつ」
「ああ、どうやら市内の高校で元気にやっているみたいだ」
「そう。でも打てば響く漫才師ってのもおもしろそうね」
 おいおい、他人の友人を勝手に漫才師にしてくれるな。まあ、ベクトルは違うが、ある意味お前に近い存在かもな。
「ますますおもしろそうね」
 ハルヒは喜色を満面に湛えてそう答えた。


 後日、俺はハルヒにこんなことを言ってしまったことを、後悔することに・・・。



 3日後、早速効果が現れた。
 そう、国木田と中河いわく、通称『変な女』は、3学期も後残りわずかにもかかわらず、わが県立高校に転入してきた。
 どう考えてもおかしいだろう。引っ越しをしたわけでもないのに、市立高校から、わずか数キロ北上したにすぎない、
県立高校にやってくるなんて・・・。もちろん言うまでもなくハルヒの力だ。あいつの変態パワーが彼女を転校させたに違いない。
 後ろの席に座る女──ハルヒのことだが──が俺の背中を突っついた。
「ねえ、キョン。ひょっとしてあの子があんたの言ってた友達?」
 いつもの声音だが、少しトゲがある。
「ああ、どうやらそのようだな。しかし、こんな時期に転入してくるなんて珍しいな」
「そうよね。あんたの言い分じゃ、市内の高校だったわよね。どうしてこんな近いところへ転入してきたのかしら?」
 それはお前のやったことだろ。ハルヒ。そう言いたかったが、しかし言うわけにもいかない。
「ひょっとして、誰かを追いかけてきたんだったりしてねぇ」
自分がやったくせに勝手に誤解するな。
「まあいいわ。貴重なお笑い要員だし。後で、SOS団に連れて行きましょ」



自己紹介がつつがなく終了し、彼女は俺を一瞥すると、担任の指示に従って、昨日、急遽このクラスに運び込まれた席
に腰掛けた。

 昼休みも含めてその日の休み時間には、彼女の机の周りを男子女子ともどもが群がり、俺たちと話をする暇もなかった。
しかし、しきりにこちらをちらちらと振り返っていた。俺たちは会話に参加することはできなかったが、彼女は中学時代の明るさを振りまいているように見え た。
 しかし、彼女の視線がしきりに俺に向いていることが気に入らないのか、ハルヒは始終アヒル口をつくり、
不機嫌オーラを醸し出していた。

 やがて、すべての授業が滞りなく終了すると、ハルヒはすっくと立ち上がった。
「キョン、行くわよ」
 と言って有無を言わさず俺を引っ張り、彼女の席へと向かった。
「よう、久しぶりだな」
「ヤッホー、ひっさしぶり。キョン君」
 と、約1年ぶりに交わした挨拶もそこそこに、
「あなたもちょっと来て」
と憲兵隊よろしく、ハルヒに連行されてしまった。
「ええっ、ちょ、ちょっと、どこに行くの?」
 俺は、あきらめめてくれ、と彼女に目配せをするのがやっとだった。



 廊下には、まだ橙がかった陽が差し込んでいないようだった。俺はハルヒに引きずられながら、日が長くなりつつあるということをしみじみと感じていた。

 ハルヒは、SOS団兼文芸部部室のドアの前で立ち止まると、このドアに何か恨みでもあるのか、という勢いで開け放った。
「みんなー、待った?」
 なんでお前は、そんなに無駄なまでにエネルギーを撒き散らしているんだ、と独りごちた。しかし俺は、今日1日中感じ続けていたオーラが、霧散したようで 安心していた。
「みんな、喜びなさい。今日から我がSOS団に入団してくれる転校生ちゃんよ」
 なんだよ、転校生ちゃんて。ちゃんと名前で呼んでやれよ。
「あの転校生ちゃんって…?わたしにはちゃんと名前があるんだけど…。それに入団って、ここ文芸部じゃないの?」
「いいからいいから。まあ、気にしないで。あたしも気にしてないから」
 いや、お前は気にしろよ。って聞いてねえ。
「聞いて驚きなさい。実はこの娘、名うての漫才師なの。キョンとは中学時代に、漫才コンビを組んでいたんだって」
 誰が漫才師だ。その紹介は著しく間違っている。しかも俺が漫才の相方を務めたつもりはねえ。
「あらそう?じゃあどういう関係だったのかしら。ずいぶん仲がよかったそうだけど…?」
 その瞬間、部室の気温が下がった。俺の背筋に冷たいものが走る…。このために彼女を部室に連れてきたんじゃないだろうな。このままじゃつるし上げを食い そうだ…。俺は身の危険を感じていた。

 誰か救いの神はいないかと、視線を他の3人に目を向けてみた。俺の心のオアシスであり、SOS団のマスコットでもあるメイド姿の朝比奈さんは、何かを抑 えているようだった。しかし抑えきれないでいる感情が、ジト目で睨む、という表情として表れていた。
 長門はいつもの無表情だが、あきらかに視線が冷たい。まるで瞬間冷凍されたマグロのようだ。しかも、かすかに怒っているようにも見える。
 古泉はというと、奴のトレードマークであるイカサマスマイルを振りまいていた。しかし空気を読み取ってか、いつのまにやらパイプイスを窓際に寄せて座っ ている。まるで空襲をさけて疎開している資産家のようだ。
 おい古泉、なんで窓際なんかに逃げてやがる、と俺が目配せすると。僕は中立を保ちますので存分にやり合ってください。
とでも言うかのように、微笑みながら、肩をすくめて両手の平を持ち上げた。
 ハルヒはハルヒで、引きつった笑みをこちらに向けている。俺はひどい既視感にさいなまれた。こんな状況で俺が無事であったためしがない。
 

 しかし、後ろで控えている彼女は、意外にもガタガタ震えるといったこともなく、むしろこの状況を楽しんでいるかのようだった。
 だが、俺はそんな気分になれるわけもなく、呻吟しつつ、
「ええとだな…」
 と、答えに四苦八苦していた。
 すると彼女が突如口を開いた。
「涼宮さんだったっけ?そうよ、あなたが想像しているとおり、わたしとキョン君は中学時代付き合ってたんだ。
そうね、ラブラブだったといってもいいわ」
 零下10℃とも思えた部屋の温度が、彼女の発言と共に、一挙に沸点まで到達した。なんてことを言うんだ、この女は!
「へえ、そーう。キョン、あんた、なんでこんなこと黙ってたの?団長に内緒にするなんて、許し難い暴挙だわ。
そうね、あんたには罰ゲームが必要だわ。あんたパンツ一丁で麓の女子校に忍び込んで、エウレーカーと叫びんで校庭を一周してきなさい」
 そんな恥ずかしい補導歴を俺の過去として刻むつもりか。つうか、なんで自分の過去の恋愛模様を団長に話さなきゃならんのだ。しかもまったくのデタラメと きている。と、ハルヒを見るが、顔が笑っていない。引きつった笑みすら忘れている。

──こりゃだめだ、ハルヒは頭に血が上りすぎて、自分が何を言ってるのかもわかっていないらしい。

 2人の女子団員は見るのも恐ろしい…。いや、見なくてもわかるさ。朝比奈さんの視線に込めた力はさらに強まったように感じられるし、長門に至っては、こ の前に生徒会室で見せたものに匹敵するほどに、あのすさまじいオーラを噴出させていた。
 隅で傍観している古泉はどうでもいい。

 すると、この部屋を大混乱に陥れた張本人が、やおら口を開くと、
「なんちゃって!ごめん、ごめん。今の全部うそだから」
 あっさり撤回した。
「キョン君と仲がいいのは確かだけど、私たちのは強敵と書いて、心の友と読む。お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの。欲しがりません勝つまでは、っ ていう関係だから、心配しなくても大丈夫だよ」
 どんな関係だよそれは…。ああ、いつものあいつだ。確かに変な女だ。だが、ハルヒを手玉に取るとは侮れん。
「そう、そうよね。あたしも甲斐性なしのキョンが、女の子と付き合うなんてあり得ないと思ってたわ」
 嘘をつけ、あんなに動揺してただろうが。
「でもあなた、なかなかユーモアのセンスがあるわね。さすがあたしが見込んだだけのことはあるわね」

 彼女は晴れて5人目の団員になった。

 しかし、俺は、ハルヒがあんなにうろたえた姿を、一生忘れることはないだろうな。

 
終わりです










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