作品名
『エンドレス・デイト』
作者
21-126氏



何かおかしい。
そう気付きはじめたのは、午前を過ぎてデートもこれから真っ盛り、という時のことだ。
俺はハルヒと一緒にファミレスで昼食を食べているところだった。SOS団の団長殿は、俺の目の前でスパゲティーを盛大に啜り上げている。
「ちょっと、キョン!どうしたの、ボケッとして。いらないならあんたのカレーライス、あたしが食べちゃうわよ!」
よせ、やめろ、テーブル越しからフォークを突き出してくるな。俺はあわてて自分のカレーを死守して口にかき込んだ。そのとき―
「うん?」
不可解な風が俺の心を吹き抜ける。ハルヒがこれから驚天動地のことを言い出すような、既視感のような感覚。次に何が起こるのか、俺はどっかで経験した。そ うだ、ハルヒはこんなことを言い出すのだ―。
「キョン、ここはあたしが払うわ!いっつもあんたに奢らせてばっかだしね。」
もちろん、この感覚には覚えがある。あの終わらない八月に、嫌と言うほど味わったからな。


『エンドレス・デイト』


もとはと言えば、今日はいつもの市内パトロールの筈だった。だが、古泉がバイト、朝比奈さんは鶴屋さんに呼ばれてお茶の会に行くという。さすがに、長門ま で「…用事。」と言ったときには、耳を疑ったね。
SOS団のメンバーのうち三人が欠席なんて、あのとき以来の珍事件だ。偶然にしては出来すぎている。となれば―
団員の三人が欠席するという事態にも関わらず、集合場所に一人佇む俺を見つけて、まんざらでもない表情を浮かべているSOS団の団長。
ハルヒ、おまえの仕業か?

「しっかし、有希まで用事とはねえ。まったくもって意外だわ。何かの前兆かしら?関東を襲う超巨大地震とか!」
いや、そんな時こそ、長門がいてくれたら心強いこと限りないのだが。長門なら、超巨大地震はおろか、超巨大隕石の直撃弾だって何とかしてくれそうだ。
空から考えることをやめた超生物が降って来たって長門がいれば安心だ。
ところで、今日は二人だけだが、どうするんだ、ハルヒ?
「もちろん、活動するわよ!SOS団の活動は永久不滅の運動だもの。まあ、二人きりだけど、不思議なことは気にしないでしょ。大人数で探せばいいってもん じゃないわ。案外、こういう時を狙って不思議な事件は起こるものなのよ!」
いつからSOS団は永久運動になったんだ。それにしても、二人きりだと、なんだかデートみたいだな…
と言いかけた俺は、ハルヒの目から放たれる凶暴な光線にたじろいだ。しまった、やっちまった、今日は初っ端からいきなり失言か!?
古泉、お前のバイトを増やしちまいそうだ、正直、すまん。
「…ふーん、なんだ。キョン、デートしたいならそう言いなさいよ。」
えーと、なんですって、ハルヒさん?なんで既に幼馴染が照れ隠しで怒っているような口調なんでしょうか。
「しかたないわね、今日はあんたに付き合ってあげるわ。光栄だと思いなさいよ、バカキョン!」
ハルヒは満面に笑みを浮かべ、核融合ばりに目を輝かせて言い放った。こうして、俺とハルヒの一日デートが行われることに決定した、という訳だ。
ようやくだが、話を冒頭に戻すことにしよう。



強烈な既視感を味わった俺がやったことは、ハルヒにことわってトイレに駆け込み、そこから二人のSOS団員に電話をか けることだった。まず古泉。
『やあ、デートのほうはいかがですか。こちらは順調ですよ。閉鎖空間は拡大を完全に停止しました。あなたのおかげ、と考えてよいでしょう。涼宮さんの精神 状態は非常に安定しています。少し高揚気味なの気になりますが。
ところで、どうしました?なにか涼宮さんを怒らせるようなことでも言いましたか?』
俺は手短に説明した。終わらない八月に感じたのと同じ、あの感覚を。今回はどういうことだ?
『八月の時と同じであれば、今日が何度も繰り返されていることになりますが…。それについては長門さんにお問い合わせください。推測ですが、今回のデート の内容に、涼宮さんは満足しないのではないでしょうか。
涼宮さんは、一日の終わりに自分のベッドの中で今日のデートを振り返り、やり損ねたことに気付く…そして、また同じ一日をスタートさせてしまうわけで す。』
やれやれだ。
『あなたにできることは、一つしかありません。涼宮さんが満足できるように、デートに全身全霊を傾けてください。何一つ、やり残すことがないようにね。
いやあ、あなたと涼宮さんの熱いデートが見学できなくて残念です。デートという性格上、僕や長門さんが出て行くことはよろしくないでしょうから。なにか あったら連絡をいただけたら。では。』
切れた。次は長門だ。長門、今日が来るのは何回目だ?
『これで15498回目。』
またか。ひょっとして、俺が気付いたのは8769回目か?
『そう。』
俺は垂直にしたら月まで届きそうな溜息をついた。そんだけデートを繰り返して、俺は一度たりともハルヒを満足させることができなかったのか。かすかな自信 と誇りを失うね。
『デートの内容は、遊園地、映画館、買い物に分岐する。最も多いパターンは遊園地で、10453回が遊園地。あなたがこの繰り返しに気が付いてからは全て 遊園地に行っている。今回も遊園地になる可能性が高い。』
今回も、おまえはずっと観察していたってわけか。
『そう。二人きりのデートという性格上、私が同行することは望ましくない。私は、あなたたちに気付かれることなく尾行し、現在も観察を続けている。これか らのあなたの行動パターンはほぼ一定であり、これからそれを指示する。
情報統合思念体は変化を望んでいる。これまでの8768回はほぼパターンが同一であり、観察対象として単調。データの採取は既に十分。あなたの働きによっ て涼宮ハルヒが満足しパターンを破ることが望ましい。』
どうすりゃいい?
『今から指示を出す。遊園地に入ってからでは連絡は困難。覚えて。』
長門から繰り出される指示を聞きながら、俺はさらに溜息をついた。とにかく長門の指示を忠実に実行するしかない。朝比奈さん風に言えば、「規定事項で す」ってやつだ。
朝比奈さんに電話をしなかったのかって?
正直、朝比奈さんに話してもあのお方を混乱させるだけだろう。和服を着た朝比奈さんが、未来と連絡が取れなくなって、おろおろと泣き出すのがオチだろう。 そんな事態だけはなんとしても阻止しなくてはならんからな。
俺はトイレを出てハルヒの元に向かった。長門に教えられたスケジュールを頭の中で反芻する。しかし、長門よ、これを今日一日で全部するのか?
「遅いじゃない、キョン!行くわよ。」
一応聞いてみる。なあハルヒ、どこに行くんだ?
「遊園地!!」



『遊園地の入り口で、あなたはまず宣言する。』
やれやれ。
「ハルヒ、今日はすべての乗り物を制覇するぞ!」
ハルヒは珍しい生き物でも見るような目で俺を見ていたが、パッと顔を輝かせて言った。
「もちろんよ!あんたも分かって来たみたいじゃない。完全制覇よ、うん、俄然やる気が沸いてきたわっ!!」

『ジェットコースターでは、涼宮ハルヒと手をつなぐ。これはすべてのパターンで確認されている。』
「ちょっ、ちょっとキョン!なんで急に手を…。バカ、別に離さなくていいわよ!」

『コーヒーカップは全力で回すこと。ただし、あなたが吐いてしまった二回のシークエンスでは、その直後に改変がおき、時間がリセットされた。』
「キョン、うわっ、そんなに回して大丈夫なの!?あ、あんた、なんか顔色悪いわよっ。」

『観覧車では涼宮ハルヒと同じ側に乗る。肩に手をまわし、抱き寄せること。観覧車が最高点に達したとき、涼宮ハルヒに口吻部で接触を行う。』
まじか!?本当に大丈夫なのか、長門?
「んっ、キョン…。んん。」
…まんざらでもなさそうだ。

遊園地を出る頃には、俺の体力は限界に達していた。まさしく疲労困憊だ。ハルヒはと言えば、力が有り余った様子で、上機嫌ではしゃいでいる。別れ際には 「楽しかったわっ!」なんて可愛いことを言ってくれるじゃあないか、まったく。

「やれやれ。」
ハルヒの姿が見えなくなるのを確認してから、今日何度目になるか分からんが、俺は小声でそう呟くと家に向かう。しかし、家では仰天の事実が待っていた。 テーブルの上に一枚置かれた置手紙。それにはこう書いてあった―

『キョン君、今日は、みんなでおばあちゃんちに行くことになったのっ。キョン君はお留守番ね。明日の夜に帰るから☆』
妹からのメッセージとともに、母親から細かい注意事項が書いてある。

おい、これはフラグか?
『間違いなく、そうでしょう。』
電話に出た古泉は断言しやがった。受話器の向こうのニヤケ面が目に浮かぶ。
『急に家族があなたを残して旅行とは、あまりに不自然です。であるからこそ、それは涼宮さんの願望であると推測できるわけでして…。まず、涼宮さんは断ら ないですよ。
いやあ、僕の知らないところで、あなたが大人への階段を上っていってしまうのは、少し寂しいものが…』
俺は電話を切った。長門、頼む、嘘だと言ってくれ。
『セカンド・ミッション開始。』
ああ…。規定事項ってやつか。



俺はハルヒに電話をかけた。ハルヒの奴、ワンコールで出やがった。
『なにか用でもあるの、キョン?』
実は、いきなり家族が俺だけを残して旅行に出かけてさ。
『……。』
その、一人だけで夕飯を食べるのも味気ないからさ。
『……。』
つまりだ、良かったら、うちに来て一緒に食べないか。いや、もちろん、もう食べてたらいいんだ、無理にとは
『い、行くわっ!待ってなさい!』
電話が切れた。俺は携帯を持って固まっていた…。

玄関を開けると、息があがったハルヒが立っていた。あれ、なんだ、その荷物は?それに、顔が赤いぞ、ハルヒ。
「…っ。なんでもないわ!どうせ、私が夕食を作るんでしょ、台所かりるわよ。食材は適当に冷蔵庫からいただくからっ。」
…ということは、その荷物は食材じゃないのか、などという台詞を言うまでもなく、中身は分かっていた。長門が教えてくれていたからな。
『涼宮ハルヒの荷物は』
なにが入ってるんだ?
『歯ブラシ、パジャマ、下着、明日登校するための制服。パジャマのかわりにネグリジェだったパターンが一回だけある。』
やれやれ。

ハルヒの作った夕食は、これまた非常に旨かった。こいつの万能ぶりを再確認させられるね。向かい合わせで食べながら、ハルヒは妙に熱っぽい目で、ちらちら とこちらに視線を送ってくる。旨いぞ、ハルヒ。
「あ、あったりまえじゃない!SOS団団長の手料理が食べられるあんたは宇宙一の幸せもんよっ!幸福を噛み締めなさい!!」
そろそろ切り出さねば。
「ハルヒ。」
「なに?」
「その、明日の朝食も作ってくれないか。おまえの料理はめちゃめちゃ旨くてな。ぜひ、明日も食べたいもんだ。だから…。」
ハルヒは絶句してやがる。顔は真っ赤で破裂寸前の恒星みたいだ。
「いいわよ、ぐ、偶然パジャマを持ってきたから!お弁当だって作ってあげるわ。…あんたさえよければ。」
いったいぜんたい、どんな偶然だ、そいつはよっ!

『あなたと涼宮ハルヒは12時近くまでに性行為を終える。彼女が満足しない場合、必ず12時に改変がおき、世界はまた今日の朝に戻される。これまでのパ ターンでは全て世界はリセットされた。
…あなたは、ベッドでは涼宮ハルヒひとり満足させることはできない。情報統合思念体はあなたの生物学的な雄の機能に、重大な欠陥が存在する可能性を検討し ている。』
えーと、長門さん?何でそんなに辛辣なんでしょうか。ひょっとして、怒ってる?
『…………。』
受話器の向こうは絶対零度のような冷たさだ。
『………あなたのこれまでの最高記録は7発。涼宮ハルヒを満足させるには、記録の更新が望ましい。頑張ってほしいと情報統合思念体は望んでいる。だが、私 という個体は、別の感想を抱いている。』
なんだ?ああ、また非常に辛い感覚がフラッシュ・バックする。長門は、おそらくこう言うだろう―
『あなたは、けだもの』
電話が切れた。



ああ、けだものになったさ。ハルヒの台詞だけ、ダイジェストでおおくりする。
「ああ、キョン、キョン、ああああああっっ!!……すごい、キョンの、もうこんなに、ううううっ!……今度は、あ、あたしが上になるからっ!どう、キョ ン、キョン、キョンっ!
……な、なに、四回目よ?すごいわね、まったく……ああ、おかしくなりそう、キョン、すごいっ!!……キョン、らめえ、むりよ、そんな、あっ!
……ま、まだ?この変態っ、キョンのバカ、あんっ!!……キョン、大好き、大好き、んんんんんっ!!!……ハァ…ハァ…ハァ…」
精も根も尽き果てた。もう立てないのは息子ともどもだ。きっちり記録は更新したぞ、これで八回だ…。ハルヒも、俺のとなりでぐったりとしている。
俺は時計を見た。針は11時50分を指している。もうすぐ、俺の努力が報われるか報われないかが決まるわけか…。
「おい、ハルヒ、今日はどうだった?」
ハルヒは寝返りをうってこっちに顔を向けた。上気した顔には笑みが浮かんでいる。
「すっごく良かったわ…最高の一日だった。……ありがと、キョン。」
そういってハルヒは俺に口付ける。ああ、俺も最高の一日だった、まったくの話―
その時だ、まったくの突然、唐突、突如にして忽然と―
アレが来た。
強烈な既視感。なんども繰り返したんだ。ハルヒが嬉しそうに俺に口付ける。礼を言う。全部やったことだ。くそ、これじゃ全部同じままだ。なにかが、必要な んだ―
何だ?どうやったらハルヒは、この繰り返しをやめる気になる?どうすれば?時間がない、あと五分だ、どうする、なんでもいい、言うしかない、やっちまえ、 行け!!
「ハルヒ!!」
突然起き上がった俺に、ハルヒがびくっとする。
「な、なによ大きな声を出して。どうしたの?」
俺は息を吸い込んだ。たった今思いついた台詞を言うんだ、今すぐに。

「次のデートは、どこにいこうか?」


さて、ここからは後日談となる。
ハルヒはしばらく思案顔で考えていた。その間に時計の針は、12時を指し―
12時0分1秒になった。
アタリを引いたようだ。俺はばったりとベッドに倒れこんで、気を失うように眠りに落ちた。遠くで、「こら、寝るな、バカキョン!」とハルヒの声がしたが、 俺を眠りの国から連れ戻すには至らなかった。
翌朝、起きてみるとハルヒがいなくて焦ったが、台所で朝食を作っているところだった。
エプロン姿が似合っている。二人でハルヒ特製の朝食を食べ、これまたハルヒ特製の弁当を持って学校に登校する。こら、ハルヒ、照れるから腕を組むな。手を つなぐぐらいなら構わんが。

部室に行く途中で古泉に会う。サワヤカハンサムスマイルは肩をすくめるいつものポーズをして見せた。
「どうやら、今回の場合、どうしてもあの八月と同じ原因があると思い込んでしまったことが、ことを長引かせましたね。
涼宮さんは満足しなかったのではない。むしろ、この上なく満足してしまったために、今日という一日が終わらなければいい、と望んだのでしょう。あなたが遊 園地で頑張るほど、ベッドで頑張るほどに、泥沼にはまっていったのです。
もちろん、彼女がデートに満足できなければ、繰り返しが起きることも確実です。涼宮さんが満足してもしなくても、結局繰り返しが起きてしまう。まさに、無 限ループです。
ところが、あなたの一言によって、彼女は次のデートに関心を集中させていた…。そうだ、次のデートのためには、今日という一日が終わるのはしかたない、そ んなとこでしょう。
いやあ、実に興味深い。あなたには、次のデートの時にループにならないよう努力する義務が発生しますね。涼宮さんを完全に満足させた上で、次のデートを約 束するんです。」
あ、これはこれで無限ループですね、と古泉が言い、俺は溜息をついた。やれやれだ。部室のドアを開けると、いつものように長門と、朝比奈さんが―
あれ、朝比奈さん?なんで顔を真っ赤にして、肩を震わせていらっしゃるのですか?その睨む様な視線は、ひょっとして怒っていらっしゃるとか…
「朝比奈みくるにあなたの破廉恥な行為を全て報告した。」
おいっ!長門!!
「ひ、一晩で、は、は、八回なんて…キョンくんなんて大嫌いですっ!け、け、け…」
あ、朝比奈さんっ―

「けだものですっっっ!!!!」


おしまい











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